ブックリレー「私の一冊」 Book relay

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2020.11.10
流れ着いたのは絶海の無人島、それでも男たちは生き抜いた。 漂流

タイトル 漂流

  • 著者名
    吉村昭
  • 出版年
    1980年(新潮文庫刊)
  • 出版社
    新潮社
今回紹介する本は吉村 昭の「漂流」という史実に基づいた小説である。

吉村 昭は歴史小説家で莫大な資料を丁寧に調べ、それを基にストリーを作るという手法で多くの作品を残した。最初に読んだ作品は「長英逃亡」というものであった。これを読んだときの衝撃は未だに忘れられない。江戸時代後期、高野長英という蘭学者が幕府の鎖国政策を批判したことで投獄され、その後、火事で牢を一旦出されたが、戻らず、それからの逃亡生活を描いたもので緊張感あふれる内容である。これが機会となり、吉村昭のファンとなり、多くの作品に接することが出来た。「桜田門外の変」「ふぉん・しーぼるとの娘」「夜明けの雷鳴」「破船」「破獄」「生麦事件」「漂流」「白い航跡」などの歴史小説を読んだ。「漂流」と「白い航跡」はビタミンの欠乏症についての記述やテーマがあり食物栄養学部の学生には興味深いと思われる。

「漂流」は江戸時代後期(1785年)に土佐(今の高知県)の船が悪天候に遭い、660キロ離れた南の無人島の鳥島まで流され、そこで12年間という長い期間生き延び、故郷の土佐にも届くことが出来た実在の話である。隔離され閉ざされた島での生活は想像を超えた過酷なもので、主人公・長平とあとから漂流してきた人の一部を除いた以外は全て亡くなり、人間の生命力とはかなさが描かれている。

島で生きていくためには水と食料が欠かせない。水もと殆どなく、食料は貝と海藻そして何よりも命を繋いだのはそこを繁殖地としている‘あほうどり’の存在であった。この鳥は人を怖がらず容易に捕まえることが出来た。これを主食に生きながらえたが、数年後、一緒に流れ着いた仲間二人は死んでいき、長平一人となった。このとき何故、仲間は死んだかと原因を慎重に考え、鳥肉を食べても体を動かさなかったことが原因であると結論づけた。実際は、死んだ二人は歩けなくなり、歯が取れ、歯茎から出血していたことからビタミンC不足に陥っていた。それから彼は孤独感に耐え、規則正しい生活と運動をし、魚を採ったりして生き続けた。
2年後、この島にまた漂流民が辿り着いた。この漂流民達は絶望感の中からも長平の生きる姿を見て、生きることが希望に繋がると思うようになった。つまり、生きるという気力を失うことが最も、危険であると言うことであり、これは現在にも通じている。
それから間もなくしてまた船が難破した漂流民が島にやって来た。今度の漂流民は生活用品や大工道具一式などを持っていた。長平たちはこれで船を作ればを脱出して、帰れるかもしれないと希望を膨らませた。しかし、肝心の船の材料がなく作ることができなかった。漂流民たちは絶望感に見舞われるまま、8年余りの時が経ってしまう。しかし、長平の生きるという信念が他の漂流民のお手本となり、これに堪えた。
あるとき、島に大型の難破船の一部が流れ着いた。それには船の土台となる材木や釘の材料もあった。かれらは時間をかけ、流れ着く流木を集め、鉄から釘を作り、ついに漂流民全員が乗れる船を建造した。
島を脱出する日が来た。みんな嬉しさとこれまでの苦しさに号泣した。そして島を出発した。それからしばらくして八丈島に着き、救助された。長平が漂流民となって12年の年が経過していた。その後、長平は土佐に戻り、平穏な日々を送ったということで物語は終わっている。

この小説の中で長平という人間を通して生への尊さ、生きるための術、他人への愛について学ぶことができる。是非、若い学生さんに読んでもらいたい一冊である。

本の推薦者

食物栄養学部 学長補佐 学部長 研究科長 教授 杉元 康志 すぎもと やすし
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